昭和52年8月7日 特別奉修委員
「 )話さんでん本気で求めてくるものには教えると言ったようなあり方になるともちっと私の信心も魅力がでてくるんじゃないかと思うですね、ところが私はねたら、この頃壮年部会には皆に話しましたですけどもあんたどんに私がもう本当にこうしてこうすればこうお陰が受けられるということをあまりに皆につぶさに赤裸々に話すもんだからあの皆がわからん、わかしはそれようわかってるて分かってるけれどもいわずにはおれない、だから後ででもよいから親先生があんな事いよつたと言う事を思い出してその時始めて気が付いてくれればよいと言う話をした事でした。
先日からあの熊本の松村さんの甥かなんかにあたる人が結婚してねそして新婚旅行に行ってもう、ちゃんとして道具なんかもいれて新婚旅行から帰って来るばかりになっとったところが花婿さんが逃げ出してから行方不明なったそしてもう自殺の恐れがあるから親戚中でお願いに行きました、そしてあの本人がここにお礼に出てきましたから、おとなしい男ですたいね、ところがその嫁さんと言うのが偉いそのまあ活発な方だったらしいんですよ新婚旅行に行ってから、それこそいよいよお床にと言う時に真っ裸になって大の字になってさあこいという態度をとらっしゃつたげなたい、嫁ごがだからその「 」実家え帰
ってそげなこっはいいきらんわけですたいねだからあんまり魅力をしたもんだからたっとるとがちぢんでしもたげな,いやほんと笑い話じゃなかばのまあ本当にちいったあのおなごんひとたちは、もうちいったこう男からこうこうやられてから、ほんなねさあこいち言うごたる、そりゃねもうあの結婚してからはいって何もかもが分かって、あらさがしになってからならかんまんです、所がほんな花嫁さんの時に、そればやったもんだからね、松村さんがいまわたしがいうた通りのお届けをするわけですたい。
そいけんで本とそのもうやっぱ気の弱いつじゃけん、立たつがちちんだち、そしてもう立たんごっなったげな。「笑い」それでこりゃとてもこげな女子とはとても一緒にはなりきらんというてもう家出の用意をしてどこさんかいって、、、、途中切れ
ここから日時不明のが入っています
プロはプロとしてのね、厳しさが無からなければ、え^信者でんできる信心なら誰でもする金光様の先生なるごたる、確か、よういいたいわけですだからその言うなら信者より帰ってしだごだな信心しよるとそれを言わずにおれない訳友としての、んなら友としてでない合楽の信者としてはちょっとは違わないかん、いや幹部であるならば、幹部である厳しさが名からないかんと言うね、そういうようなものがこう止むに止まれぬものがありますもんですから、それが押さえられないだからそれ本当にをまともに受けたものだけはだからお陰が受けられる。
だから本当にやはり合楽を他から見ればもっといろいろ見られとる、当然合楽にきえしとる人達ですらね、むしろ怖がってごげん一生懸命打ち込んだら金光様の先生になりちいいだんせんじゃろかというごたるさい、所もあるとですよみな産の場合なんか、まあ秋山さんの話しじゃなかばってんそれこそ、弟息子だけではないおやかたもお道の教師にでんなるならお取立ていただいたほうがええぐらいな者がみんなもっとるわけです、誰かさんぐらいの程度だったらさあもう息子が金光様の先生になるちいうどんするならさあもうビックリするでしょうもんいうならねだからもう怖がってるわけです。
「 )ですからこれはちっとそれは魅力をねちっとばっかり「 」
そのいけないことも良く分かっておって、だから言い出したらもう私の思うておる事全部こうやって皆さんに言うて聞かせなければね折られないように私自身が燃えておるわけですよ、だからそのどっかの花嫁さんじゃなかばってんあんまり燃えて失敗しちゃる訳です
これは同じ道理です、またそれが分かっといて私がそのやはり徹底しすぎる教える事がそんなものがあるでしょうが。だからもう本気で皆も頂きこなしたそれはもう合楽の信心はもうそれこそ世界一ですね、そんなものをもっとるし早くどれだけか皆にも本当な事を分からせようと言うような働きごこげなふうにでてくるわけですからね心しなければならんと思うです。
誰かすわっとらんとの,ご結界は、、、
前に佐田さんがお届けなさるのに山の上にある村で大きな「 』公民館のような家があってそこで踊りを踊って,素晴らしい踊りだけれどもその身内の人たちだけだろうと、おもわれるような見物人がばらっとおるだけだけだと言う風なお知らせを頂いたと言うそれはね今の合楽の信心じゃろうといいました、もう本当にあの本気で信心を頂こうとする人が合楽の話を聞いて実際それを稽古するきになったらこれで全世界の人が例えばんなら合楽の信心合楽理念というものが助かりの理念であって、しかもあの世この世を通して助かっていけれてしかも難しい事はない研究すれば研究するほどもうそこには死ぬる他にはないと思われるような厳しいとかあの難しいものでなくてもうはっきりしている今朝方の御理解一つ頂いておってもそれを感ずるんですけどもそういう素晴らしい内容を持ちながら身内の者だけしかみとらんちいうならそれは惜しいことだというわけなんで空けどもね、これはどうでも時節をまっよりほかにないというだけでなくて山の上であるからなかなのぼっていかんのではないのかと思うです。
だからこれが平地の誰でも行きよいところにそれがあったら皆が見物する見物したら素晴らしい事が宣伝されるまたこうということになってくるだろうと私は思うのですけれどもねその平たい所にんなら降りるという事はどういう事でしょうか。
という事ですけどね今熊谷さんが今日「 』総代会にでらんならんからという電話があった「 』その事をお願いさしてもらっていたら高ボこりをはいとる高いそしてそれでたかぼこりがかけたとこだったくりっとかえるでしょうが、そこん所を頂くとですもう本当に熊谷さんの信心と皆が言うくらいに、やっぱりある意味で合楽の信心を受けておられるという事においてはもう第一人者だとこう思うですねけれどもその他かぼこ理を履いておるという事ですよね、そりゃ最近ビルグイのほうでアンナ御ひれい、ごひれいの秘密が元がどこにあるかということを究明すると色々その成る程おかげいただくはずだとというのがあるその第一はもう自分というものを、もうむなしゆうしきっておるということです、もう一切が親先生のお蔭でという事だから親先生と同じ物が流れていくそこに自分がちょこっとはいったらはいっただけ「 」こりゃ中々難しい分からせて教えて頂けることではないですもうそう例えばなら末永先生が10年間本気でここで打ち込んでも親先生の信心を頂くより他にないとそこにあのその思いがいよいよ強ようなったところからああいうはなれわざ的な度胸もできただろうしまた現在のおかげにも繋がっておる、どうしてもだれだれさんの信心とこう言われるようになるとですねそこに必ずそこに自分の信心がだいぶ出来たと言った高ぶる心ですね自分ではもうないと思ってるんです熊谷さんなんか勿論、もう本当親先生のおかげと思いこんどると思ちやるけれどもまだ高ぶる「 )なら人間の真似ですから昨日一日がそげなものがないかというと、そこんにきはかげがあるわけですかげると、くりっとひっくり返ってあしがたたんごっなったと言うのはそんなことじゃなかろうかだから合楽全体が私を含めてもっとなら山の上ではなくて低い所え下りてこんならんというのはいわゆるもう本当にもうほかんもんをみとっておかしゅしてこたえんと言う心はこりや、やっぱもう高ぶる心なかろうかね皆さんがあんな共励会言って実際思うでしょうもうその信心の程度がこげんも違うかとおもうでしょう、だからそれは思う事はよいけれどもその信心がなら自分達が頂いてそういうとならまだいいけどもいただいとらんで合楽の信心の素晴らしさを高め、山のてっぺんに公民館があるようなものではないでしょうかね、そりや信心ちゃなかんか難しい事だな本当にあのギリギリ言うならばあの神様のおかげでというものがいただけたときに、上から下に下りてくると言う事です。こりやまあだそれこそあらゆる角度から見当しなければならないことでしょうけれども、素晴らしい信心であってもたとえば合楽に一辺お参りしたいと言う人は沢山おるかも知れませんよ、けれども生きたいけれどもこの山を一山登らならんということはなかなか大儀で、思いよるけれどもねこのごろからもこのバスで行き来する人達が一辺参ってみょうとおもうばってんここにゃそうにゃお参りがあよるけんでと言う話がバスの中でやっぱあよるちゅわけです、ん、けれども尾もよるばってんそのなかなか登ると言う事は難しいなかなかやはりこう言うことが難しいと言うなら難しいのではないのでしようか。
私はこの心の中に高ぶる心、たかぼっくりはいとりゃせんかたかぼりはいとるぶんはまあだよいちいった歩きにくいこつじゃろうばってんそれは人間じゃけどこかかがける書けたら繰りっとひっくり返ると言う事になってこげな感じです、佐田さんの頂かれた事だから熊谷さんのこと今日お願いしよって頂いた事をこうあわせて見てねそんな風に思うです合楽にはそういう所がまあちっとみんなのものがはなもちならないものがあるのじゃないのじゃないでしょうかね合楽の者旗高ぶっ取るとかもう合楽自分が一番よかっのごと思
うとる、また実際思うとるもんね一番よかっとでその思うとってんよかけでもそれを身に付けていく事にもそれだけ一生懸命にならなければ身にならない、ようは身になればそれこそ実がいればば実がいるほどそのかがんで稲穂のようなものがここに生まれてこなければならないね、だからこの辺のところをこんごの合楽の信心を、は、心がけていかねばならん幹部と言えばなおさらの事、そういう所の信心をねいよいよ身につけて本当なものにして行かなければならんそんなに思うですよね。 どうぞ